2008年05月15日(木) 01:15

赤ちゃんは何も言ってくれない...
教えてくれるのは痛み...
とろろは
『妊娠できる体になったよ、若年性更年期障害は治ったよって教えにきてくれたんや。
それだったんだと思おう...』
無言の時間が過ぎてくだけの私達...
『先生が言ってた通りやと思う。今のみみの精神状態では、育児も出産までも耐えられへんと思う...めしは食われへん、薬見て泣く、起きられへん...
妊娠わかった時、最初に思ったんは薬の事やった...
今のみみやったら、子供がかわいそうや...
今は、絶対に次は頑張るからって約束して、産まない決断をせざるをえないと思う...』
お義母さんは
『薬が抜ければ、産まれてきた子に何があっても、薬を飲んでたし私があんなだったからと一生責めずに、結果を二人で平等に受け止めれるのでは...?
薬を飲んでた自分のせい、こんな私のせいと責め続ける貴女を見るのは辛い...
どうしても女の腹を責められるし、自分でも責めるもんよ女は...
我が子達に手術や命が危ないと言われた時は、私はなんでやろうってほんまに思い続けたよ...
小さい体にメスを入れなきゃいけない体にしか産んであげれなかった...
泣いても泣いてもどうにもならない...
しかも みんな心臓だなんて...なんで私だけ?って思った
だからわかるよ...貴女が辛いこと...
他人の責める言葉は耳に入れなくていい...責める人は、責めるから。
だから、人の痛みのわかる人間になって、中絶の現実を受け止めて、母親になる強さを身につけて、薬から早く抜けて何のリスクもなく妊娠しましょ。。。
今の貴女には大きすぎる重すぎる賭だと思う...10か月何も考えずに生活して、産まれたら育てていかなきゃならない
現実は甘くないのよ...母親になるのは一生の仕事、途中で投げ出せないのよ。
みな結果論で、子は宝と言えるの。
そう言えるように、貴女自身が強く優しい母に人にならないとね。。。
貴女におろせと言う冷たい親でごめんね...だけど貴女が産むと言うなら、私は今後、この話はしないから。
「あの時」、なんて絶対言わないから。
頑張って生きようね。
死んだらあかんのよ。』
私は、産むっと思ったり駄目かもしれないと思ったり...
3人で話し合いを重ね、2人で話し合い答えを出した...
お父さん、お母さんに報告できないのが私の答えだと...
こんなに悲しい事はない...
お母さんの言葉がわかるから言えなかった...『薬のんでるやないの!あかんそれは!前の子と同じことして何やってんの!体を痛めてからに...』...
寝たきりの子がいる。奥さんだけでは介助できなくなり、従兄さんは仕事を辞め、叔父さんの仕送りで生活をしている。
移動用の車椅子が壊れ、購入する用に送金したと聞くと、私は今まで以上の迷惑をかけれないと思った。
同じ薬を飲んでたけど無事に元気な子が産まれたと聞くと、産もうと揺れる...
産みたいって心から思えない冷たい私に何故 宿った命...?
前を向かなきゃいけない。
もぅ、「もしあの時」なんて言葉、絶対言わない。
お義母さんと、とろろと3人で約束した。
あと何日 一緒に生きれるかわからない...
貧血なのか目の前が真っ暗になって何度も倒れた
足を上げると楽になる...ガリガリな足やなぁ...
体重も45に戻らないまま...43と4の間を上下するだけ
身なりも構わず女らしさなんて無い
服装や料理が考えられない
髪なんてどうでもいい
買い物もできない、引きこもりな私を卒業して、この日記を終わりにしたい
自分と闘わないと...
お風呂に入ろう。


